ひとり縄文探検隊、遺跡が俺を呼んでいる   桐生正一

 

 休日が近づいた食卓での会話

隊長「週末、〇○遺跡に出かけるぞ !」

隊員1「ふう~ん、近くの観光地は? 産直はあるの?」

隊員2「ショッピングセンターはあるのかな?」

隊長「残念だが、近くに観光地は無いな、ショッピングセンターも同じだ」

隊員1・2「そんなら今回パスしまあ~す(声を揃えて)、一人で行ってネ」

隊員1「一人なら、一日目は車中泊でしよう、ハイこれで賄ってネ」

 そして休日の早朝、隊長は、唯一の相棒である愛車VWのエンジンを始動するのでした。

 

 1970年(昭和45年)進学への新しい世界に踏み出す高揚感に満ちての上京。しかし、待っていたのはバリケードで封鎖された校門のみ。入学式も無い、授業も無い、知り合いも無い、友達も無い、そんなナイナイ尽くしでスタートした東京生活。郵送されてきた学生証で通学定期を買ってはみたものの、「魔物が住む」と脅かされた都会で途方に暮れた。そんな時、土器拾いに夢中な少年時代を過ごした若者の頭に浮かんだのが「大森貝塚に行ってみよう」であった。そんな初めての小さな旅をきっかけに、私の遺跡探訪は始まったのである。

 恩師は「人間活動の痕跡である遺跡を訪ねることは、未来を考える最も賢明な行動だ」と最終講義を締められた。日本全国に保存されている遺跡は7千か所とか。私の「こころ縄文人」を追い求める「ひとり探検隊」の旅は、まだまだ終わりを迎えそうもない。

(三内丸山縄文発信の会会員・岩手県滝沢市在住)