私がめざす縄文的な生活2  縄文的な心         おかむらみちお

 縄文人は、祖先の墓地がある広場を囲んで祖先と共に環状にムラを作り、人々も向き合って暮らしていました。また万物にカミが宿ると信じ、周りの里山などと共に自然の一員として、季節や生命の循環にまかせて日々を送っていました。私も、合理的・効率的に結果だけを求めるのではなく、時には回り道をしながら、時計を腕から外してできるだけ自分の生理時計にしたがって生きているつもりです。お互いを認め合い、仲良く楽しく・明るく輪になって暮らすのが第一です。また物を大切にし、直したり繕ったりして、最後まで付き合いたいと心がけています。自然の中で生かされて生き、自然とともに循環して生きたい、経済や物質的価値よりも、心を重視したいと思います。
 移動が多い電車の中では、ゆったり考えたり、研究構想を練ったり、漆塗りのマイ箸で自家製のお結び弁当を食べます。米と野菜は弥生時代からですが、夜のお酒は日本酒を漆塗り椀で飲み、米食や日本料理にして米・野菜・魚貝などの自給率に寄与しています。
 しかし家人は、縄文人化を目指しているのに口先だけだといいます。全国を飛び回って家におらず、パソコンに向かい、大きな声で携帯電話し、忙しいといって庭木も手入れしない、壊れた垣根も器具も直さないと呆れています。東北大震災前の大船渡市で縄文貝塚の話をしました。その時、わざわざ一関市からタクシーに乗って、私の「縄文化」がどれだけ進んだかを見に来てくれた女性もいました。もっと縄文人に学び、頑張らないと縄文人に合わせる顔がありません。
(杉並の縄文人)


 
竪穴住居の杉並縄文人(奥松島縄文村歴史資料館にて)