◆縄文さんを尊敬する時       真壁秀文


 道南の森町で10年以上前でしたか、鷲ノ木遺跡の発掘が始まり、早速見学に行きました。大きなストーンサークルを見て、ただ驚きでした。近くの川や海岸より持てる石や、転がし移動させた石を何年かかって運んだのでしょう。この作業を進めるにあたり、作業指揮者なる方もいたでありましょう。何の為に石を運ぶのかを、住民に納得させ、根気よく、完成まで諦めず、まことにご苦労様でした。ただ、出来上がった事によりストーンサークルは、1年間のカレンダーとして使用されたのでしょう。年間の行事も明確になった事と思います。これらの知恵は遠く、津軽よりの渡峡人の方々によるものでしたのでしょう。
 3回目の訪問の時には、遺跡物品の展示室に寄り、室内にはロンドン博物館へ行く予定の板状土偶や、鐸形土製品の中に森駅の駅弁当「イカ飯」の形と同じものがありビックリ。縄文の人が数千年後に森駅で「イカ飯」を作れば売れますよ、日本一になりますよと予想して製作したのかな?と思い、釘付けにされました。森町で発掘された事が重要で、他の遺跡で発掘されたら、お話の種にはなりません。イカ形の制作者なる縄文人に聞いたら、「そうですよ」と答えられても、私は反論できません。味付けはいかがなものだったのでしょうか。浜の塩茹でと思うも、現在は絶滅した生物より作られる特別な調味料を活用した、ものすごく美味な一品であったかなと想像するも、いと楽しからずや。
 イカ形品の隣に、日本酒用のトックリ形品が並んで展示されていまして、縄文の方々は満月の夜ワイン(山葡萄酒)での一杯会を楽しんでいたのかな?、と自分なりに心の中で鑑賞ではなく、観賞させてもらいました。
 今後も縄文ファイルで予備知識を取り入れて、少し遠い信州、北陸の縄文さんの遺跡を訪問しようと夢は広がっています。
(北海道函館市・三内丸山縄文発信の会会員)

 

▲イカの形にそっくりな鐸形土製品