「縄文の心 再び」                    舘田 修司  

 初めて子供の頃に三内丸山遺跡にいった時の感動が、変わらない。
 友達とこの土地を訪れたのを今でも覚えている。
 竪穴式住居のそのズドンとした大きな屋根の造り、縄文土器の不思議な縄目模様。
 何か、多大なるエネルギーのようなものを感じます。
 人間に対して「もの」があるというのではなく、「もの」そのものが見る人に訴えてくるような、そんな感じがしました。
 縄文人が何を考えてこの土地にいて、この「もの」を作っていたかは知らないけど、作っているものが、現代のものとはまったく違います。
 そしてそれは商品として売るために作るのではなく、生きるために作っていたと思います。
「こうしたら誰かに怒られるんじゃないか」とか「こんなことしたらダメとか」は一切感じません。
「生きるんですから。死ぬかもしれないのですから。」という声がすごく楽しそうに聞こえます。
 たぶん縄文人にとって生きていくことは、命がけの死闘であり、未来や過去ではないのです。
 「勝負は一瞬」であり、そしてそれを丁寧に見ています。
 「縄文人が作っているもの」と「人そのもの」に大きくその「何か」を感じます。
 ぼくはそこに感動しました。
 子供の頃の記憶がこの縄文そのものに繋がっていると感じて、再び、この土地(三内丸山遺跡)を訪れたいと考えています。
(新潟県西蒲原郡弥彦村在住)