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コメント: 4
  • #1

    矢島 繁 (水曜日, 22 8月 2012 10:06)

    大変ご無沙汰しております。
    2008年1月東京縄文塾に寄せて頂いた(有)モリシゲ物産 矢島です。 当日のテーマは辻誠一郎先生の「三内丸山の始めと終わり」でした。

    この列島の活動による環境の変化の中でそれこそ自然と闘いながらも健気に生きてきた先人の活動が良く解って感動したことを思い出します。講演後の懇親で私が阿武隈(福島)で荏胡麻を栽培していることを申し上げました。

    そして、昨年の震災と原発による事故により、その農園は避難地域内でありましたので立入り不能となり、農園を埼玉県秩父市に移転しました。
     夢中で一年が過ぎ、何とか栽培は継続できました。そして今年二年目も盛夏を過ぎ、いささか心のゆとりを持って周囲を見渡せば、昨年6月の縄文塾「震災を生きる-縄文からのメッセージ」が行われ、その報告を読みましても今日的な縄文に学ぶ意義が増していることを痛感します。

     移転先秩父もまた、深い森と川の地域であります。
    焼畑や雑穀、林業などと寄り合いながらアイヌ文化を色濃く残す特有のもので、ここで荏胡麻を継続する意義もまた大きなものがあると思っております。

    思えば、縄文の昔から人はこうした激動に翻弄されながら、しかし止まることなく営みを続けたのだと、深く得心するものがあります。

     また、東京の縄文塾に参加できる日を楽しみにして栽培活動に励みたいと存じます。   末尾ながら、残暑お見舞い申し上げます。

  • #2

    NPO法人三内丸山縄文発信の会事務局 (水曜日, 22 8月 2012 19:54)

    >矢島 繁 様

    「みんなの縄文」の掲示板にコメントをお寄せいただき、ありがとうございます。

    昨年の震災によって、大切にされてきた農園を手放し、住み慣れた土地を離れざるを得なくなったこと、ご心痛いかばかりかと存じます。
    そうしたさなか辻先生の講演を思い出していただき
    また、6月の縄文塾の報告(会誌「縄文ファイル」でしょうか?)をご覧いただけたこと、とても嬉しく思いました。

    発信の会事務局がある青森県も、八戸市、三沢市をはじめ
    太平洋沿岸地域が特に大きな震災被害を受けました。
    先が見えない不安の中、縄文塾の開催や会誌の編集を通じて
    縄文人の生き方に改めてふれ、私どもも、どれほど力をもらったわかりません。

    これからも縄文人の生き方を学びつつ、情報発信していきたいと思っておりますので、
    関心をお寄せいただければ幸いです。
    当会の活動についてよろしければご案内を送りますので、差し支えなければ送り先をお知らせください。(メールアドレスはこちらです→jomon@jomon-net.xsrv.jp)

    今後の縄文塾につきましては、会誌や、現在ご覧いただいているホームページなどを通じてご案内していきます。ぜひまたご参加ください。

    どうぞ、今後ともよろしくお願い申し上げます。

    (事務局 大野)

  • #3

    大日向明子 (木曜日, 06 9月 2012 14:28)

    エゴマを胡麻の一種だとばかり思っていました。しそ科だったのですね。モリシゲ物産のホームページを見て、知りました。勉強不足ですね。
    もう少し、早くご縁ができれば、今年7月、「食から縄文を考える」という東京での縄文塾でお会いできたかもしれませんね…。次回開かれる東京での縄文塾でお会いできるのを楽しみにしています!

  • #4

    矢島 繁 (金曜日, 14 9月 2012 09:54)

    そうなんです、荏胡麻はシソ科でして、殆どの方が「セサミン」の胡麻だと思っていらっしゃいます。(^~^まだまだ認知度が低いのが悩みです。
     しかし、古来から荏胡麻が果たしてきた役割は、すごいものだと思います。
    その最大のものは、縄文から続く「漆(うるし)」の技術ではないでしょうか? 「漆」をどうして「ジャパン」というか不思議でしたが、中国で発見されるものより遥かに日本の方が古いようです。その溶剤として荏胡麻の乾性油が使われたと思います。 そして当然「食」としての役割ですよね。
    大日向様、資料届きました。有難うございます。7月の企画には間に合いませんんでしたが、いつか是非そんなお話をさせていただきたいですね。
     本日よりまた、秩父の荏胡麻畑に出かけます。
     有難うございました。