◆萩尾望都と縄文の世界  漫画&インタビュー

コミックエッセイ集『夢見るビーズ物語』(ポプラ社)の中に三内丸山遺跡が描かれているように、漫画家の萩尾望都さんは何度か三内丸山遺跡を見学されています。その萩尾さんに縄文文化についてお話をうかがいました。

萩尾望都と縄文の世界

―― 三内丸山遺跡を訪れ、印象に残ったことは何ですか?

最初に訪れたのはまだ発掘されたばかりでしたが、六本柱に驚きました。縄文時代、この地は海が近かったそうなので、「灯台だったのでは?」と想像しました。次に訪れた時には竪穴式住居の復元や展示室が整備され、研究者もたくさんいらしていましたが、この時もまた驚きの連続でした。子供のお墓が大人のお墓とは別のところにあり、底に穴が開けられた土器に埋められていて、宗教的な意味合いがあると聞きました。村の入り口に大人の墓があり、道しるべのように並べて守り神のようにしていることにも心を動かされました。展示されている様々な道具やポシェット、装身具などを見た時は、「センスが今とそれほど変わらないな」と思いました。

――遺跡からはヘアピン、ペンダント、耳飾りなど様々な装身具が出てきますが、「身を飾る行為」とはどういったものだとお考えですか。

単なるお洒落や人に見せるということではなく、「神に近づく道具」だったのだと思います。スペインに行った時、小さい女の子がピアスをしていてびっくりしたことがありますが、これは無事に成長するようにお守りとしてのものなのだそうです。こういった例は世界中でたくさんあります。また太古からあるものです。祈りの気持ちは古今東西変わらないものなのでしょう。人間は動物と違い、身近な人の死を見て神様のことを考えたり、死後のことを考えたりする意識が、生まれた時からセットされているのではないかと思います。

――多くの土器のかけらや土偶が出てきていて、祭りが行われていたと考えられていますが、それについてはどうでしょうか?

ある程度の人が集まると、集団の不安を解消するためにシャーマンが出てくるのだと思います。今でいえば、医者やカウンセラーの役割を担っていたと思いますが、それが次第に宗教儀式を行うようになったのだと思います。人は災害に見舞われたり、ギリギリのところに立たされると、直感力から生まれる叡智でなんとかのりきっていこうとしますね。また親しい人が亡くなった時、「天国で幸せに暮らしているのだ」と考えることで気持ちをおさめようとします。合理的な人間の作ったシステムや考えだけで幸せになれないのは、今も昔も同じです。祭りや儀式を通じてストレスを解消したり、人と一体感をもったりしたのではないでしょうか。そして活力をとり戻していたのではないでしょうか。

――最後に縄文文化の魅力とはどんなところにあるのかをお聞かせ下さい。

弥生文化と違い(一部の地域で縄文晩期にはありますが)、農耕文化ではないところが、異世界を見る不思議さがあって魅力を感じます。一方、暮らしの身近な道具などが、今あるものとよく似ていて「ついこの間まで縄文だったのじゃないか」と思えてくるところも面白いです。「どうして集落が残らなかったのだろう?」などと興味は尽きず、ひきつけられますね。

【プロフィール】

福岡県大牟田市生まれ。1969年漫画家デビュー。『ポーの一族』『11人いる!』で小学館漫画賞受賞。『半身』『イグアナの娘』など舞台化、ドラマ化された作品も多い。『残酷な神が支配する』で第1回手塚治虫文化賞マンガ優秀賞受賞。『バルバラ異界』で第27回日本SF大賞受賞。作品多数。2012年に紫綬褒章を受章。


(聞き手・文=大日向明子)